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愛の男性性と女性性 陽と陰の宇宙の真意

宇宙の愛は、男性性と女性性に分けられ、循環しています​

宇宙の根源において、陽の意識、陰の意識があると伝えられています。陽が明るく積極的であり、陰が暗く悲しく、劣ったものという、それはあなた方の文化の中に、歴史の中に染み付いた思い違いです。ただ、陰と陽という言葉がいちばん適正あるからこそ、我々はそれを使ってきただけなのです。 陽の意識は本来が男性性というものが請け負っています。男性においても女性においても、愛の表現体が、愛の表現のベクトルが違うというだけであります。両方とも愛を表現しているのです。

 

男性の愛は外向きに、社会を発展させ進化させていく、与えきりの愛。それをいちばんわかりやすく表現するならば、「聖アントニウス」または「太陽意識」、「大日意識」とあなた方が呼んでいるものかもしれません。簡単にいうのならば、そのシンボリックな意味も含めて、太陽と月、この地球には太陽が照るのと同時に、月が創造されているのです。 太陽は光です。光そのものです。

 

そして、いつも積極的に愛を与えることによって、すべてのものを育み、太陽系そのものの進化を促進しているのです。光を放ち、周りの生きとし生けるもの一切を生かしむるという、積極的な思い、そのエネルギーが本来の男性の中にある陽の意識なのです。行き着くところにいけば、与えきり、与えきった、与え尽くした愛そのもの、光の発信、それが本来の男性の中にある愛でもあるのです。

 

ただ、ときには熱くなりすぎて、地上を焼け焦がすこともありましょう。赤道近くのあたりでは、太陽の熱と光が強すぎて、水がなくなって、多くの者たちが苦しむこともあるかもしれません。時としては行き過ぎることもあるけれども、でも明るい太陽の恵みがあってこそ、地球の生きとし生きる一切の生物が、万物が、命を与えられているのではないでしょうか? 簡単に言うと、基本はそこです。

 

そして、それに対する女性性というもの、それは陰と呼ばれておりますが、その愛を受け止める力。「受容性」というと、またあなた方の引っかかりがあるのかもしれない。男性の陽の愛が、光が発信されるのならば、こちらも一緒に光を投げ返したら、途中でぶつかってしまうのです。エネルギーが循環するということは、あちらが与えきりの、与え尽くす愛と光を発信してきたのならば、その身をもって、男性の愛を受け入れる、受け止める、身体の中に入れていく、それが本来の女性性のあり方であるのです。

 

それによって、陰陽からのエネルギーというものは、循環を始めるのです。その愛の循環があってこそ、愛のエネルギーがあってこそ、地球だけではなく、あなた方の肉体だけではなく、大宇宙の隅々にいたるまでのすべての万物一切が、創造性のエネルギーによってつくられているのです。(月意識 セレニティ)

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